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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)142号 判決

原告

高橋邦夫

高橋京子

右原告ら訴訟代理人弁護士

渡辺武彦

山本達也

被告

関戸基法

右訴訟代理人弁護士

北村一夫

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右訴訟代理人弁護士

福田恒二

右指定代理人事務吏員

陶山照明

同技術吏員

田中信哉

外四名

主文

一  被告関戸基法は原告ら各自に対し金一四〇〇万八六九八円及びこれに対する昭和五五年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告神奈川県に対する請求及び被告関戸基法に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中原告らと被告関戸基法との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を同被告の、その余を原告らの各負担とし、原告らと被告神奈川県との間に生じた分は全部原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯し、原告ら各自に対し、金一六〇〇万八六九八円及びこれに対する昭和五五年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告関戸基法)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告神奈川県)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  当事者の地位

1 原告高橋邦夫は、訴外亡高橋美智子(以下「美智子」という。)の父、原告高橋京子は、母である。

2 被告関戸は、昭和五五年七月二六日当時、神奈川県津久井郡津久井町青根三七五三番地先の神ノ川(以下「本件事故現場」という。)において、バンガロー、ます釣場等を設け「神之川キャンプ場」を経営していたものである。

3 神奈川県知事は、本件事故現場附近の神ノ川につき、砂防法に基づき砂防指定地区として、これを管理すべき地位にあるものである。

二  水死事故の発生

1 本件事故現場附近の状況は、別紙図面のとおりである(図面の右が上流、左が下流)。

被告関戸は、神之川キャンプ場の施設として、神ノ川の下流に向つて左岸河原を掘削して仮設プール(別紙図面③点、最水深二メートル、以下「本件プール」という。)を造り、そこに神ノ川の本流(②点から⑤点方向への流水)の流水を、本流の⑤点附近を土砂を積上げた堰で止め、同②点附近の流水の水位を上げ、本流と本件プールとの間に設置した導水管(別紙図面④点、長さ約九・五メートル、内径約六〇センチメートルのコンクリート製ヒューム管、以下「本件導水管」という。)を通して取水していたものである。

2 美智子(当時満六歳)は、昭和五五年七月二六日午後一時ころ、②点附近の本件導水管の取水口附近において水遊びをしていたところ、本件導水管に水とともに吸い込まれ、被告関戸が同管の補修のために同管の内部にはめ込んだ十字型の木枠にひつかかり脱出できなくなつて溺れ、救出後直ちに津久井赤十字病院に搬送されたが、同日午後二時五〇分ころ、溺死が確認された(以下「本件事故」という。)。

三  被告らの責任

1 被告関戸の責任

被告関戸は、本件事故現場附近の神ノ川は、夏になると多数の児童が水遊びに来る場所であり、仮設プールや導水管の設置などして河原の形状を変えることは多数の児童に著しい危険を与えることが予想されるから、右プール等の危険な設備を設置すべきでないのにあえて本件プール及び本件導水管等を神ノ川の河原に設置したものであり、さらに本件導水管が設置されれば、その取水口附近で水遊びをする児童が右導水管取水口からこれに吸い込まれるおそれが十分にあることが予想されるのであるから、被告関戸としてはこれを防止するに足る適当な防護設備を本件導水管に設置する等して事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生せしめたものである。

よつて、被告関戸は民法七一七条、七〇九条により後記損害を賠償すべき責任がある。

2 被告神奈川県の責任

(一) 国賠法一条に基づく責任

(1) 本件事故現場附近の神ノ川流域は、川の中心線から左右岸各五〇メートル幅の区域が砂防法(明治三〇年法律二九号)上の砂防指定地(同法二条)に指定されている。

そして、同法により、都道府県知事は砂防指定地に指定された土地につき指定地内の土地を監視し、その管内における砂防設備を管理する等の義務を負い(同法五条)、また治水上砂防のため一定の行為を禁止もしくは制限する権限を有する(同法四条)。

(2) また被告県は、砂防法をうけて神奈川県砂防指定地管理規則(昭和三九年県規則一七号、以下「本件規則」という。)を定めているが、同規則四条一項は、砂防指定地においてなす「開墾、掘削その他土地の形状を変更する行為」(一号)「建築物、道路、橋りようその他の施設又は工作物の新設、改設又は除却」(二号)については神奈川県知事の許可を必要とする旨規定し、また本件規則一条の二の二号は、砂防法二九条に基づく許可(砂防法四条による許可)の取消しあるいは原状回復命令等の事務を土木事務所長に委任し、さらに本件規則四条によれば同条一項に規定する前記土地の形状を変更する等の行為のうち一〇〇〇立方メートル(二級河川では二〇〇〇立方メートル)をこえる土石の接収を除く行為に対する許可権限を土木事務所長に付与している。そして神ノ川を含む砂防指定地は津久井土木事務所長が神奈川県知事から事務の委任を受け、前記各権限を行使していたものである。

(3) また、本件事故現場附近の神ノ川一帯は、昭和四〇年以降自然公園法により丹沢大山国定公園の区域に指定されており、被告県が公園事業を執行しているものである。さらに本件事故現場一帯は、国の第二次農業構造改善事業促進対策として、その所在する津久井町において、昭和五一年六月以降神奈川県知事の認定を受け、国、被告県の補助金の交付を得て青根緑の休暇村整備事業が実施されている。神奈川県知事は、昭和五二年七月五日、本件事故現場附近において被告関戸が開設する神之川キャンプ場の休憩所、売店、風呂場及び便所の建設を許可し、右キャンプ場は「青根緑の休暇村」の一施設として、津久井町、被告県発行のパンフレット並びに地図にも観光地として掲載され、観光客誘致のため広く宣伝のため配布されていたものである。

別紙 現場付近見取図(その4)

(4) このように本件事故現場附近一帯は、本件事故当時、不特定且つ多数の学童その他一般人が観光地としてこれを利用する状況にあ つたから、砂防法に基づく神奈川県知事ないし津久井土木事務所長の前記規制権限も、砂防指定地内にある神之川キャンプ場の利用客の生命身体等の安全を確保する見地から行使されるべきであつた。

ところが神奈川県知事の委任を受けた津久井土木事務所長及び同所職員は、本件事故現場附近が前記の次第で多数の観光客に利用されるところであり、被告関戸が本件規則に違反して本件事故現場附近の神ノ川の河原等において、本件プール、本件導水管等を無許可で設置して利用し、そのため神ノ川に水遊びに来る児童らの生命身体の安全に危険な状態となつていたことを知りながら、被告関戸の右利用行為を差し止め、あるいは施設の撤去による原状回復を命じる等の措置をとらずそのまま放置したため本件事故が発生したものである。

したがつて、被告県は、国賠法一条により原告らに後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 国賠法二条に基づく責任

(1) 本件事故現場附近の神ノ川は、河川法の適用のないいわゆる普通河川であるが、前記のように砂防指定地に指定され、神奈川県知事が砂防法に基づきこれを管理している。

(2) そして、前記のとおり本件事故の発生原因は神ノ川の通常の自然流水の一部か本件導水管を通じ本件プールに流入するように人為的に変更されたため、本件導水管の取水口附近の流水が遊水客の生命身体にとつて危険な状態となつたためであつて、危険な右流水の人為的変更を津久井土木事務所長がこれを知りながら放置したことは神ノ川の流水の管理に瑕疵があつたと言うべきである。

したがつて、被告県は国賠法二条により原告らに後記損害を賠償すべき責任がある。

四  原告らの損害 三二〇一万七三九七円

1 美智子の逸失利益 一八〇一万七三九七円

美智子は、死亡当時満六歳の健康な女子であつたから、同女の就労可能年数は満一八歳から満六七歳までの四九年間である。これに本件事故当時の賃金センサスによる女子全年令平均給与を基準とする毎月一三万六一〇〇円の収入(年額一六三万三二〇〇円)に、生活費割合を四割とし、ホフマン係数(一八・三八六六)により中間利息を控除すると同女の逸失利益は、次のとおり一八〇一万七三九七円(一円未満切捨)となる。

年 収  生活費割合

{\1,633,200×(1−0.4)}ホフマン係数×18.3866 =\18,017,397

原告らは美智子の父母としてこれを各二分の一・九〇〇万八六九八円(一円未満切捨)宛相続した。

2 慰謝料 一四〇〇万円

美智子の死亡により原告らが父母として受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝すべき金額としては各自七〇〇万円を下らない。

五  結論

よつて、不法行為による損害賠償請求権に基づき原告らは各自、被告ら各自に対し、各金一六〇〇万八六九八円及びこれに対する不法行為日の翌日である昭和五五年七月二七日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する認否)

〔被告関戸〕

一 請求原因一について

1を認め、2は被告関戸が神之川キャンプ場の経営者であることを否認し、その余を認める。右キャンプ場の経営者は、被告関戸経営の丹沢産業有限会社である。

二 同二について

2のうち昭和五五年七月二六日、本件事故現場の本件導水管に美智子が吸い込まれる事故が発生し、同女が死亡したことを認める。

三 同三1について

否認する。

四 同四について

不知。

〔被告県〕

一 請求原因一について

1及び3を認める。

二 同二について

2のうち昭和五五年七月二六日午後一時ころ、本件導水管に美智子が吸い込まれて死亡したことを認める。

三 同三2について

1 (一)(1)及び(2)を認める。

2 同(3)は、被告県が本件事故現場附近において丹沢大山国定公園の公園事業を執行していること、神之川キャンプ場が青根緑の休暇村の事業実施区域内にあること及び被告県が右キャンプ場を右休暇村の一施設として原告ら主張の方法で配布宣伝していたことを否認し、津久井町が右同様の宣伝をしていたことは不知、その余を認める。右休暇村は、神之川キャンプ場の近傍にある。

3 同(4)は、被告関戸が本件導水管及びプール等の設置について津久井土木事務所長の許可を得ていないことを認め、その余を否認し、法律上の主張を争う。

津久井土木事務所長には、本件事故現場附近における砂防法の規制権限の行使につき過失はない。即ち、津久井土木事務所職員は、砂防指定地内の本件事故現場附近において本件事故発生直前、被告関戸による本件導水管及びプールの設置を発見して直ちに現状変更及び右施設の使用禁止を命じると共に、前記青根緑の休暇村の事業主体である津久井町とも相談のうえ右事業との連携をとりながら砂防法に基づく許可申請手続をなすべく指導した。被告関戸はこれを了承し、また津久井町もこれに協力を約し右申請手続のための現場測量に入つたところ、その後被告関戸はこれらを無視して本件事故当日、卒然として本件事故現場附近の神ノ川の現状に変更を加え、本件導水管及びプールを使用するに至り、そのため本件事故が発生したものである。したがつて津久井土木事務所長に砂防法に基づく権限行使につき過失はない。

のみならず砂防法に基づく都道府県知事の前記規制権限は、治水上砂防の見地からこれが行使されるべきものであつて、砂防指定地内における遊泳者の水死事故を防止するという見地からこれが行使されることは許されないものである。本件事故の如き水死事故は、本件導水管ないしプールの設置者と利用者の相互注意によつて例えば右導水管の取水口に金網を張るなどの防止措置が講じられるべきものであり、且つ右防止措置によつて確実に本件事故は回避できたものであつて、原告ら主張の右規制権限の不行使と本件事故の発生との間には何らの因果関係も存しない。

4 同(二)は(1)及び(2)のうち神ノ川の自然流水が本件導水管を通して本件プールに流入するように変更されたことを認め、その余を否認し、法律上の主張を争う。

神ノ川は普通河川であり被告県には普通河川の管理に関する条例が制定されていないこと及び被告関戸が設置した本件導水管ないし本件プールは、本流の存する公有地に隣接した民有地にあり、神ノ川の現実の水路は気象条件等の影響によりその位置を容易に変更し、右民有地内を通過することもしばしば起こりうることから、被告県は、神ノ川の流水そのものについて、機能管理主体とはいえないから、国賠法二条の責任はない。

四 同四について

不知。

(被告関戸の抗弁)

一  免責の特約

1 美智子は、東京都府中市にある住吉学童クラブ父母の会(会長直井八重子、以下「父母の会」という。)の主催した昭和五五年度の夏季キャンプ計画に参加して本件事故にあつたものである。父母の会は共稼ぎ家庭や母子家庭の小学一年ないし三年生までの学童を保育する住吉学童クラブの父母で組織された団体であり、原告両名もその組織員である。前記キャンプ計画は、父母等監護者の参加がなくとも学童のみの参加を認めており、美智子を含めた学童六七名と大人三七名(原告両名は不参加)の計一〇四名が参加した。

2 被告関戸は、昭和五五年五月二八日ころ、父母の会の代表者直井との間に、同年七月二六日から一泊二日の予定で神之川キャンプ場内のバンガロー及び宿泊施設での宿泊と食事の提供をなす旨の契約を締結し、その際被告関戸は、事故等が発生しても責任は一切負えない旨記載した書面(丙第一号証添付のパンフレット)を直井に交付した。

3 よつて、被告関戸と父母の会の間には、事故が発生した場合でも被告関戸は一切の責任を負わない旨の合意が成立したというべきであり、本件事故発生についての被告関戸の民事責任は免責されるものと言うべきである。

二  過失相殺

1 前記キャンプ計画に際し、母の会では参加学童五、六名を一班として班別に編成し、各班ごとに父母を責任者として配置して監督にあたらせることにしていた。

2 しかし、現実には組織だつた行動は行われず、参加学童の管理監督も全くなされず、参加学童の思うがままの行動に任せてしまい、父母の会は、美智子の行動を何ら把握していなかつた。

3 本件事故はこのように父母の会の団体としての行動が無秩序であり、管理運営がずさんであつたために発生したものであり、父母の会には重大な過失がある。

したがつて、仮に被告関戸に過失があるとしても、その過失割合は被告関戸については一〇ないし二〇パーセントにすぎないものであり、これに比して父母の会の過失は八〇ないし九〇パーセントにまで至るものと言える。

4 そして、父母の会が一時的・臨時的団体でなく、原告両名がその組織員であり、美智子を父母の会に一任して前記キャンプ計画に参加させ、原告両名はキャンプには参加しなかつたことから考えれば、父母の会の過失は原告ら側の過失と同視すべきである。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁一について

1を認め、2は不知、3を否認する。

二  同二について

1を認め、2ないし4を否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者の地位について

1  請求原因一1(原告らの地位)は全当事者間に争いがない。

2  同2(被告関戸の地位)は、〈証拠〉によれば、神之川キャンプ場の実質の経営者が被告関戸であり、同被告は丹沢産業有限会社を設立し、同社をして経営する形態をとつていることが認められ右認定に反する証拠はなく、その余は原告らと被告関戸間で争いがない。

3  同3(被告県の地位)は、原告、と被告県間で争いがない。

二本件事故(水死事故)の発生について

1  請求原因二1の事実は、被告らの明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

2  同2のうち美智子が、昭和五五年七月二六日、本件事故現場の本件導水管に吸い込まれる事故が発生し、同女が死亡したことは全当事者間に争いがなく、その余の事実は、〈証拠〉によりこれを認めることができ(但し、事故発生時刻が同日午後一時ころであることは原告らと被告県間で争いがない。)、右認定に反する証拠はない。

三被告関戸の責任について

1  〈証拠〉によれば、

(1)  被告関戸は、昭和四八年ころから神之川キャンプ場を毎年四月から一〇月にかけて経営し、昭和五二年七月以降は、後記のとおり許可を受けて河原に休憩所等の建物を建てたが、キャンプ場経営当初から夏期の間だけ、神ノ川の河原を掘りおこし神ノ川から開渠で導水して仮設プールを造り、これを自然プールと称し、パンフレットを配るなどして一般に宣伝していたこと、

(2)  もつとも、右プールは神ノ川の上流からの砂利が流入して汚れ、訪れた客が使用しないことがあつたため、被告関戸は砂利の流入を防ぐため導水管を敷設しようと考え、本件事故が発生した当年の昭和五五年一月ころ、廃材となつたヒューム管(円筒形)四本をつないで作つた本件導水管を別紙図面④点の地下約七〇センチメートルの位置に、上流の②点方向を少し高くして埋設したこと、なお本件導水管には取水口から七・一メートルの位置にヒューム管の破損箇所を補強するため前記十字型に組まれた二本の木枠が組み込まれていたこと、

(3)  神ノ川の本流から本件導水管を通して本件プールに引水する場合には、その取水口の下流部分の本流を堰止め、水位を上げて引水するが、右引水をしない場合の本件導水管の取水口附近の神ノ川(別紙図面②点)の水深は通常約三〇ないし五〇センチメートルで、取水口の大半は水面上に露出する状態であり、また同所付近の本流の幅員は約一〇メートルで流れも緩やかであつたこと、

(4)  また神之川キャンプ場付近の神ノ川は、マス釣場付近を除いては遊泳が自由に行われており、自然プールの取水口(昭和五五年前は開渠)付近においてもキャンプ場を利用する多数の児童が水遊びや水泳などをしており、そのことを右キャンプ場の経営者である被告関戸自身も充分に認識していたこと、

(5)  そして、昭和五五年五月二八日と七月三日の二回にわたつて本件事故の被害者美智子の所属する父母の会の直井会長が神之川キャンプ場の被告関戸のもとを訪れ、父母の会主催の夏のキャンプを行うため神之川キャンプ場の利用を申し込み、結局同年七月二六日及び二七日の一泊二日で大人三七人、子供六七人(申込は一一〇人)で右のキャンプ場を利用することとなつたこと、

(6)  右申し込みを受けた際、被告関戸は直井に対して父母の会の夏のキャンプまでには本件プールも利用できるようにしておく旨述べていたこと、

(7)  そして、父母の会の夏のキャンプが始まる本件事故当日の七月二六日の朝、被告関戸は子供らが本件プールで泳げるようにと、本件プールに水を入れるべく、ブルトーザーを使い、本件導水管の取水口より下流側の別紙図面⑤点に、幅二・六メートル川底からの高さ一メートルの高さに石を積み上げて川を堰止め、本件導水管を通して神ノ川の本流の流水を本件プールに引水したこと、

(8)  被告関戸によつて堰止められた神ノ川の本流は、徐々に水位を増し、本件導水管の取水口付近の②点においては、本件事故発生直前には取水口が上の方一〇センチメートルくらいを残して水没し、その水深は一一〇センチメートルで川幅も伸び一二メートルにもなつたこと、右取水口付近における本件事故当時の推定流速は毎秒〇・二九ないし〇・二三メートル、毎秒の水量が〇・八トンであり、このため、右取水口付近では神ノ川から本件プールに流れ込む水の勢いで子供が本件導水管に吸い込まれるおそれのある危険な状態となつていたこと、

(9)  しかるに、被告関戸は、それまで水難事故がなく、また、この危険を意識しなかつたため、取水口付近に監視員を置かず、また、取水口に金網を張るとか、あるいは危険防止の立札を立てることなどの措置をとらなかつたこと、

(10)  このような状況の下、同日午後零時三〇分ころには父母の会の夏のキャンプ参加者全員が神之川キャンプ場に揃い、責任者の一人である平川貞吉が被告関戸に泳げる場所を尋ねたが、その際被告関戸は同人に対し、危険場所についての何らの注意も与えなかつたこと、そして、このあと午後一時ころ、本件事故が発生したこと、

以上のの事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

2  右事実と前示請求原因一2及び二の事実によれば、被告関戸は、本件事故当時、本件導水管の取水口付近で多数の児童が遊泳することを充分認識しており、しかも右導水管は取水口の内径が六〇センチメートルで児童の身体が容易に入る大きさであり、また本件導水管内の流水の速度は、取水口付近で遊泳する児童を導水管に吸い込むに足るものであり、被告関戸としては本件導水管の取水口付近で遊泳中の児童が誤つて本件導水管に吸い込まれることを予見しえたのであるから、被告関戸は、そのような事故の発生を防止するため、本件導水管の取水口部分に児童の吸入を防止するに足る金網や網状の防護柵を設置し、あるいは右取水口付近に児童が近づかないように予めキャンプ場利用客に口頭または立札を立てる等して注意を喚起すると同時に、監視員を置いてこれに近づく利用客に個別に注意を与えたりするなどの措置を講ずべきであつたのにもかかわらず容易になし得るこれらの措置を何らとらなかつたものである。

したがつて、被告関戸には本件事故発生について右事故防止措置を講じなかつた過失があつたものと言うべきである。

3  しかるに被告関戸は抗弁一のとおり免責の特約を主張するのでこの点について検討する。

抗弁一1の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告関戸主張の右パンフレットは「キャンプについて」と題する印刷された書面で、その一部に「事故等の責任は一切負いません」との記載のあるものであるが、これを被告関戸は、格別その内容を説明することなく直井に交付した事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

しかしながら、右パンフレットが直井と被告関戸間で授受されたことのみをもって、被告関戸が主張する免責の合意がなされたものと解することは困難である。即ち前掲丙第一号証添付のパンフレットは、神之川マス釣場のパンフレットであり、マス釣場は釣場であるから原則的にキャンプは認めないが、釣を前提とするもので、届出した者についてマス釣場の管理に支障のない限りキャンプを許可すること、その場合に遵守すべき事項としては、指定された場所にキャンプを張ること、釣りは入漁券を求めてすること、ゴミ等を散らさないで自分で持ち帰えること等一〇項目が定められており、その後に前示「事故等の責任は一切負いません」との記載があることが認められ、右記載の趣旨は、要するにキャンプないし釣り自体に伴い不可避的に生じることあるべき事故による利用客の損害について、釣場経営者として責任を負わない旨を注意的に示したものであつて、それ以上に経営者の不注意によつて生じた事故による損害は勿論まして本件事故前に水難事故の発生したことの窺えない神之川キャンプ場における遊泳客の経営者の過失に基づく水難事故についてまで、免責することが予定されていたものとは到底解し得ない。

なお、他に本件事故についての原告ら主張のように原告らと被告関戸の間に免責の合意があつたものと認めるに足りる証拠はなく、したがつて、被告関戸主張の右抗弁は理由がない。

四被告県の責任について

1  国賠法の適用関係

原告らは、神奈川県知事が本件事故現場を含む神ノ川を砂防法に基づき管理していることを前提として、被告県に国賠法一条又は二条に基づく損害賠償を求めるものである。

しかし砂防法に基づく都道府県知事の事務は、地方自治法一四八条二項及び同法別表第三の(一一三)により都道府県知事の国の機関委任事務とされており(なお砂防法に「地方行政庁」とあるのは都道府県知事を指す。)、都道府県の固有事務とは認められない。したがつて砂防法による都道府県知事の規制権限の行使又は砂防設備等の管理に違法があるからといつて直ちに都道府県が国賠法一条又は二条による損害賠償の責に任すべき道理はない。

しかしながら本件についてみれば、後記のとおり神奈川県知事の事務委任を受けた津久井土木事務所長(並びにその所部職員)が砂防法に基づき本件事故現場を含む神ノ川の砂防指定地を管理しているところ、右知事及び土木事務所長並びにその所部職員の俸給、給与その他の費用を被告県が負担していることは明らかであり、また砂防法は、砂防指定地の監視及び砂防設備の管理、維持並びに砂防工事に要する費用を都道府県が負担する旨規定しており(同法一二条)、被告県が神ノ川の右砂防指定地につき右費用の負担に当つているものと考えられる。したがつて被告県は、右いずれの観点からみても国賠法三条一項にいう費用負担者と認められる。そうすると原告らは、本件において被告県の国賠法上の責任の根拠を明確にしてはいないが、右の次第で被告県については、費用負担者として国賠法の責任を論ずる余地が生じるので、以下に検討をすすめる。

2  国賠法一条の責任

(一)  請求原因三2(一)(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがない。

原告らは、神奈川県知事の事務委任を受けた津久井土木事務所長が砂防法に基づく規制権限の適正な行使を怠つたため、本件事故が発生したものとして、砂防法を根拠として、被告県に国賠法一条の責任がある旨主張する。そこでまず砂防法の目的ないし同法の規定する都道府県知事の規制権限の行使の懈怠と国賠法上の責任について考える。

砂防法(明治三〇年法律二九号)は、河川法(昭和三九年法律一六七号)、森林法(昭和二六年法律二四九号)とあいまつて、砂防(土砂の生産を抑制し、流送土砂を扞止調節することによつて災害を防止すること)の見地から治水対策を行い土砂の流出による災害を防止することを目的とするものである。同法はこの目的の達成のため、都道府県知事に、砂防指定地(二条)を監視し及び砂防設備を管理し砂防工事を施行し砂防設備を維持することを義務づける(五条)一方、治水上砂防指定地内で第三者の行う一定の行為を禁止若くは制限し(四条一項)、右一定の行為に対し許可を与え、与えた許可を取消し、許可条件を変更し、又は設備の変更若くは原状回復等を命じる(二九条)権限を付与している。そうすると砂防法の目的は、あくまでも治水上砂防にあり、砂防指定地内の個々の住民等の生命身体財産を直接保護することを目的とするものではなく、したがつて同法の規定する規制権限も治水上砂防の目的の範囲内において、砂防指定地の原状を変更して治水上砂防に影響を与えるところの一定の有害行為の排除のために行使されるべきものであり、例えば砂防指定地内の河川において河川の自由使用に伴ない生じることあるべき水難事故の如き事態の発生を防止するためにこれを行使することを予定してはいないものと解するのが相当である。

したがつて、仮に神奈川県知事の委任を受けた津久井土木事務所長が、砂防指定地内の本件事故現場における水死事故防止の見地から被告関戸の本件導水管、本件プール等の設置につき砂防法の前記規制権限を行使しなかつたとしても、原告らが被告県に対し、直接神奈川県知事の砂防法の規制権限の行使の懈怠のみを理由に、国賠法一条の責任を問うことはできないものと解するのが相当である。

(二)  しかし、それだからといつて被告県が神奈川県知事らに対し、砂防法の権限行使の不行使を理由として国賠法一条の賠償責任を問いうる余地が全然ないものといえるかは問題である。

(1) ところで砂防法の目的が治水上砂防にあることは前記のとおりであり、そして同法により都道府県知事に付与された前記規制権限は、高度に専門的技術的な見地から合目的的な判断に基づいてなされるべき都道府県知事(行政庁)の自由裁量行為に属するものと解せられる。したがつて右規制権限が適正に行使された結果、砂防指定地内において個々の住民等の生命身体財産が保全されたとしても、それは権限行使によつて得られる各個人の反射的利益にすぎず、権限を行使せずに発生した結果については、特定の個人に対して損害賠償責任を負うことは原則としてないというべきである。

しかしながら砂防法上の権限行使は都道府県知事の自由裁量に委ねられるところではあるが、個々の国民の生命、身体に対する具体的危険が切迫し、当該都道府県知事がその危険を知り又は容易に知り得べき場合であつて、当該都道府県知事が右規制権限の行使をすれば容易にこれを防止できる状況にあり、他に被害発生を防止する手段が容易に見出し難く、被害者側の努力ではその防止がほとんど不可能であるような場合には、条理上、当該都道府県知事の砂防法の規制権限は自由裁量の限界を超え、個々の国民に対する関係においても規制権限を行使すべき法律上の義務を負うに至るものであつて、その権限不行使は、違法として国賠法上の損害賠償責任を生ずるものと解するのが相当である。

(2) そこで、本件において神奈川県知事の事務委任を受けた津久井土木事務所長(及びその所部職員)に右の意味における砂防法の規制権限不行使の違法があるか否かを検討する。

請求原因三2(一)(1)及び(2)は前示のとおり当事者間に争いがなく、同(3)のうち本件事故現場付近一帯は昭和四〇年以降自然公園法による丹沢大山国定公園の区域に指定されていること、また右付近の近傍一帯は、国の第二次農業構造改善事業促進対策として、その所在する津久井町において、昭和五一年六月以降、神奈川県知事の認定を受け、国及び被告県の補助金の交付を得て青根緑の休暇村整備事業が実施されてきたこと、神奈川県知事は、昭和五二年七月五日、本件事故現場付近において被告関戸が開設する神之川キャンプ場の休憩所、売店、風呂場及び便所の建設を許可したことも当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、(イ)昭和五五年六月一二日、津久井土木事務所の小林国平許認可指導課長と山田安久河川砂防第二係長は本件事故現場付近の神ノ川の砂防指定地内における無許可の施設等及び治水上支障のある物件の有無の調査のための巡視を行つた際、神之川キャンプ場内の河原に設置されたテント、バンガロー、炊事場、便所、仮丸太橋、本件導水管及び本件プール(水がたまつていた。)等を発見したこと、(ロ)右はいずれも本件規則により津久井土木事務所長の設置等の許可を要する行為であるが、いずれも右許可を受けてはいないものであつたこと(本件規則による許可期間は一年以内である。)、(ハ)そこで、これらの無許可施設に対する措置について話し合うため、小林課長は、翌一三日、神之川キャンプ場の経営者である被告関戸に津久井土木事務所への出頭を要請し、右要請に応じ、同月一七日、被告関戸は右土木事務所に出頭したこと、(ニ)出頭した被告関戸に対し、小林課長らは、砂防指定地内の右無許可施設については許可を受けるまでは使用しないこと及び工事中の施設は工事を中止するように命じ被告関戸もこれを了承したこと、(ホ)なお、その際小林課長らから、許可申請の手続については、他の同種事案について前記青根緑の休暇村事業をすすめる津久井町が同事業との提携を図るため申請書類を作成した前例があるので同町役場で相談するように指導したこと、(ヘ)被告関戸は右指導に従い、右同日、津久井町役場で右許可申請手続についての相談をし、右相談に応じた町役場の緑の休暇村推進室室長補佐と担当技師が翌一八日津久井土木事務所に来所し、被告関戸の神之川キャンプ場内施設の許可申請書類は、右休暇村事業との連携をとるべく町役場の方で作成する旨述べたこと、(ト)その後、津久井町役場と津久井土木事務所の間で右許可申請について数回話し合いがもたれ、殊に本件プールについても許可申請を要するかとの町役場からの照会に対し、土木事務所は、構造等の審査で許可しない場合もありうるが一応許可申請はするようにと指導し、また、同年七月になつても町役場の方から許可申請書類が提出されないため、町役場の担当者に許可申請手続を慫慂したこと、(チ)また、この間津久井土木事務所は、六月二六日には松本寿幸技幹と八木勝利河川砂防課員とが、七月一五日には落合河川砂防課長と右八木とが、都合二回にわたつて神之川キャンプ場を巡視したが、キャンプ場内においては前記無許可施設を使用したり、施設の工事を続行している形跡は見受けられず、前記六月一二日の発見時と状況に変化はなかつたこと、(リ)そして、七月一七日、津久井町役場の職員が津久井土木事務所に来所し、松本技幹に対し、県保管の神ノ川平面図の写しの貸与を申し入れ、同人から右写しを受け取つた町役場職員は、松本技幹に対し、本日から許可申請書類作成のための測量(官民境界測量)に入いる旨告げたこと、(ヌ)にもかかわらず、右測量着手日から旬日を経ない本件事故当日の同月二六日朝に至り、被告関戸は、前記津久井土木事務所の命令及び指導を無視し、卒然と許可のないままで本件プールを使用するため、前記のように神ノ川を堰止め、自然プールに導水管を通して取水したため右同日午後一時ころ、本件事故が発生したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(3) そうすると、津久井土木事務所長は、従来から夏季シーズンになると、神之川キャンプ場を訪れた多数の児童その他の一般の利用客が神ノ川の本流あるいは本件プールにおいて遊泳するなどしていたことを知つていたものではあるが、本件事故前に同所長の部下職員において、被告関戸が無許可で設置した砂防指定地内の本件導水管及び本件プールを発見して直ちにその使用及び工事続行の禁止を命じ、被告関戸が、これを受けて右無許可施設の使用及び工事続行をしないことを約し、津久井町も右施設設置の許可申請手続については、被告関戸に協力して実質同町がこれを行う旨述べると共に現場の実測に着手するなど手続をすすめており、またその間の津久井土木事務所の本件事故現場付近の二度の巡視でも異常が見受けられないまま推移するうちに、被告関戸がこれらの状況を全く無視し、前記許可申請手続の完了を待つことなく、本件事故当日朝に至り卒然として神ノ川を堰止め、本件プールに本件導水管を通して取水し、その使用を開始するが如き事態を津久井土木事務所長として予見することは期待できないというべきであるから、同所長において神之川キャンプ場の利用者の生命、身体に具体的危険が切迫していることを知り又は知り得べき場合に該当するとは到底認めることはできない。のみならず本件事故は、神ノ川の本流で遊泳中の幼児が被告関戸の設置した本件導水管の取水口からこれに吸込まれて死亡した事故であつて、前記のように被告関戸において右取水口に金網を張るか、注意札を立て、監視員を同所付近に配置して常時遊泳客の動静を注意する等していれば容易に防止し得たものであることを考え合わせると本件において津久井土木事務所長が砂防法ないし本件規則に基づき、本件導水管及び本件プールを発見した後、被告関戸に対して直ちにこれら施設の撤去埋戻し等の原状回復を命じなかつたことにつき、同所長に右法律及び条例で付与された前記規制権限行使の裁量権に逸脱の違法があつたと認めることはできない。

したがつて、津久井土木事務所長には、被告関戸の右行為について原状回復措置を命じなかつたからといつて何ら職務上の過失はなく、原告らの国賠法一条に基づく主張は理由がない。

3  国賠法二条の責任

(一)  国賠法二条一項所定の公の営造物とは、国又は公共団体等の行政主体により特定の公の目的に供用されている物的施設を指称するものと解されるところ、砂防法による砂防指定地は、国が治水上砂防の目的に供する土地の区域の総体であつて、右の意味における公の営造物と解することができる。そしてその管理者は前記のように都道府県知事(ただし建設大臣が直轄する場合がある。砂防法六条)であるが、その管理権は砂防法の目的である治水上砂防の範囲内において、砂防指定地の例えば河川の存する場合にはその流水をはじめ堤内外の土地等に及ぶものと解するのが相当である。しかして公の営造物たる砂防指定地の瑕疵とは、砂防指定地が治水上砂防目的を達するため通常有すべき機能を欠き土砂の崩壊等の危険のある状態をいうと解するのを相当とする。

(二)  ところが原告らは、神ノ川の流水の一部が本件導水管を通し本件プール内に流入するように流水が変更され、右導水管の取水口付近の遊泳客の生命身体にとつて危険な状態となつていたことを砂防指定地の瑕疵と主張するものの如くであるが、本件導水管及び本件プールの設置が土砂をもつてする流水の堰止めもしくはこれら施設を使用した取水による流水の変更が砂防機能を損ないひいて土砂の崩壊等の危険のある状態となつたとは解しえない。したがつて原告ら主張の事情をもつて本件事故現場を含む公の営造物たる砂防指定地に瑕疵があつたものとは認め難い。

(三)  のみならず、本件事故は本件導水管及び本件プールの設置自体に起因するものではなく、本件事故当日朝、被告関戸が神ノ川の本流の要所を土砂で堰止め、本流の流水を本件導水管から本件プールに取水したことによるものであるところ、前記認定のとおり津久井土木事務所の職員らは被告関戸による本件導水管及び本件プールの設置を発見した後本件事故発生に至るまでの間、被告関戸に右施設の工事中止及び使用禁止を命じ、関係の津久井町の協力を得、また自からも本件事故現場の巡視を繰り返すなどしていたところ、本件事故当日朝被告関戸において卒然と右各施設の使用を開始し、その結果前記流水の変更を生じたものであつて、右状況の下では、およそその管理に瑕疵があつたものとは認め難い。

したがつて、津久井土木事務所長には砂防指定地である本件事故現場につき管理瑕疵を認め難いから、原告らの被告県に対する国賠法二条に基づく主張は理由がない。

五原告らの損害について

1  損害額の計算

(一)  美智子の逸失利益

前記のとおり美智子は本件事故当時満六歳の女子であり、原告高橋邦夫本人尋問の結果によれば美智子は死亡に至るまで順調に成長していたことが認められる。

したがつて、同女の就労可能年数を満一八歳から満六七歳までの四九年間とみて、労働省の賃金構造基本統計調査報告(企業規模計学歴計)(昭和五五年)による全産業女子労働者に対しきまつて支給する現金給与額月額一三万六一〇〇円(年間平均一六三万三二〇〇円)を基礎として生活費割合を四割とし、中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いて死亡時における美智子の逸失利益の現価額を算定すれば、左記のとおり一八〇一万七三九七円(一円未満切捨て)となる。

年 収  生活費割合

{1,633,200×(1−0.4)}ホフマン係数×18.3866 =18,017,397

原告らが美智子の父母であることは前記のとおりであり他に同女の相続人はないものと認められるから、原告両名が同女の死亡により、これを二分の一ずつ各九〇〇万八六九八円(一円未満切捨て)宛相続したものと認める。

(二)  慰謝料

原告高橋邦夫本人尋問の結果によれば美智子が本件事故によりわずか六年余りの短い一生を終えたことにより原告両名が両親として受けた精神的苦痛には計り知れないものがあると認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料は各自五〇〇万円が相当であると認められる。

(三)  よつて原告ら各自の損害額はそれぞれ一四〇〇万八六九八円となり被告関戸は原告ら各自に対し右額を支払う義務がある。

2  過失相殺について

(一)  被告関戸は本件事故は父母の会主催の夏のキャンプ開催中に行われたものであり参加児童に組織だつた行動をとらせなかつた父母の会にもその責任の一担があるから右父母の会の過失をいわゆる被害者側の過失として考慮すべきである旨主張する。

しかし、被害者本人以外の第三者の過失が過失相殺の対象となるためには被害者本人と第三者とが身分上あるいは社会生活上一体をなしており、その第三者の過失を損害賠償額の算定につき斟酌しなければ損害の公平な分担という不法行為法の理念にもとるような場合に限られるべきである。

(二)  しかるに被告関戸の抗弁一1の事実は前記のように当事者間に争いがなく、同2は前記認定のとおりである。また同抗弁二1の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、美智子は父母の一人松野菊美が責任者となつていた第四班(六人構成)に属し、事故当日神之川キャンプ場に到着した父母の会一行は(なお宿泊は別紙図面①点付近上方のバンガローを予定していた。)、昼食後遊泳する参加者は準備体操を行つたこと、父母の会は遊泳場所は予定では本件プールとなつていたが、当日被告関戸が本件プールの水量が多く深いことを理由に急遽別紙図面②点付近での遊泳を指示されたこと、そして遊泳を予定する児童ら参加者は、別紙図面⑥点の丸木橋を渡つて②点の神ノ川の本流に至り、同所で遊泳していたが、遊泳場所が右のとおり急遽変更となつたこともあつて遊泳中の児童らを監督する父母をとくに置かず、美智子の属する第四班の責任者の松野も班員の児童が②点付近で遊泳することを監視はしていなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

(三)  右によれば、父母の会は、共働き家庭や母子家庭の小学一年ないし三年生までの学童を保育する住吉学童クラブの父母で組織された団体に過ぎず、原告両名はその組織員ではあるが、一泊二日の父母の会主催の夏のキャンプの間だけ美智子の監護を父母の会に委託したにとどまるのであるから、父母の会と被害者の間には身分上あるいは社会生活上の一体関係があるとは認め難い。

したがつて父母の会の不手際を過失相殺の対象とすべき旨の被告関戸の主張は理由がない。

六結論

以上の事実によれば、原告らの本訴各請求は、それぞれ被告関戸基法に対し、各自本件事故による損害金一四〇〇万八六九八円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和五五年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるからこれを認容し、その余の被告関戸に対する請求及び被告神奈川県に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官櫻井登美雄 裁判官小林元二)

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